お松の独りフランス映画祭④
「エミリア・ペレス」メキシコシティの弁護士リタに、麻薬カルテルのボスであるマニタスが極秘裏に接触してくる。本当の自分として生きるため女性になりたいというマニタスから、リタは莫大な報酬を約束され実現のため奔走する。マニタスは性転換手術後、“エミリア・ペレス”として新しい人生を始めるが…
カンヌ映画祭やアカデミー賞など賞レースを席捲しただけでなく、トランスジェンダーの主演女優が過去にやらかした不適切SNSが掘り起こされ大炎上、というスキャンダルも話題になったフランス映画、ようやく観ることができました。「預言者」や「真夜中のピアニスト」などの、私も大好きな秀作で知られる名匠ジャック・オディアール監督作品です。
これまであまたのミュージカル映画を観てきたましたが、この作品は内容といい演出といい、前代未聞といっていいほど異色なものでした。ミュージカルって基本、ロマンティックでドリーミーなテイストだと思うけど、この映画はかなり物騒で不穏。とにかくヴァイオレントで血なまぐさいです。設定も展開も登場人物も、すべてにおいてクセが強いので、好き嫌いが別れる映画かも。一流シェフが高級食材で作ったゲテモノ料理、みたいな。かわりばえのない無難な映画にウンザリしてる私には、かなり刺激的な珍味ではありました。短くない上映時間でしたが、斬新な歌と踊り、トンデモで読めない展開のおかげで、集中力のない私でも苦痛なく観ることができました。
全編歌って踊りまくりではなく、ミュージカルシーンは思ってたより抑えられてたような。その分、歌と踊りはユニーク＆シュールな演出と映像で、かなりのインパクト。華やかというより、ダークで毒々しいテイスト。フランス映画だけど、スペイン語によるミュージカル、という点も珍しいものでした。
メキシコの麻薬王が性転換手術して女性となり、新たな人生を歩むという設定からして、かなりトンデモなのですが。夢を現実にするため奮闘する、というテーマそのものは普遍的で共感が持てるもの。女性の悲しみや強さを描いた女性賛歌的映画なのですが、女性のイタい醜い部分も映画を面白いものにしていました。ヒロインのエミリアが、良くも悪くもとにかく女。生粋の女よりも女らしい。強く優しく忍耐強い、けど欲が深く冷酷でもある。捨てたはずの子どもを取り戻そうとするなんて、すごい身勝手、だけど意思と実行力に畏怖。面白かったのは、エミリアと元妻ジェシーの関係。マニタスだった頃と違い、ジェシーを見る目が女の厳しさ。子どもをめぐって衝突、憎悪の対立関係になるなんて、世にもまれな数奇な関係。あと、エミリアに女性の恋人ができるところも。マニタスは男の体をしたレズビアンだったってこと？そんなこともあるんですね。人間ってほんと、複雑怪奇な生き物。
エミリア役のカーラ・ソフィア・ガスコンは、トランスジェンダー女優として初めてオスカー候補に。でも過去の過ちのせいで、せっかくの称賛も栄誉もパーに。汚名返上、名誉挽回は難しそう？厳しい時代だからねえ。どこからどう見ても女装おじさんなエミリアが、誰にも何もツッコまれることなく疑問も持たれず、素敵な淑女として扱われていたのが不思議。全然ひっそりもコソコソもせず、堂々と誇り高く振る舞ってるところが、どこか滑稽でもありました。それにしても。エミリアになってからも大金持ちなままでしたが、隠し金でもあったってこと？この映画が日本でリメイクされるとしたら、エミリア役はIKKOさんでしょうか。
リタ役でアカデミー賞の助演女優賞を受賞したゾーイ・サルダナが、実質の主役かも。「アバター」とか「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズなど、どちらかといえばイロモノ系女優っぽかったゾーイさん、素の美しさだけでなく、シリアスドラマ、コメディ、歌と踊り、すべてに卓越した実力を遺憾なく発揮して輝いてました。まさに女優として、一世一代の好機を逃さずモノにしたって感じの演技。地味で疲れ果てた女から、洗練された華やかな女になるリタも、エミリアに劣らぬ生まれ変わりぶりでした。ジェシー役のセレーナ・ゴメスも、オスカー候補になってもおかしくなかった好演、熱演でした。マニタス/エミリアに翻弄されたジェシーが、いちばん可哀想だったかも。
それはそうと。麻薬や暴力、殺人、不公平すぎる司法、政情不安など、メキシコ社会が闇すぎ。行方不明者だらけで、ちょっと探ったら埋められた死体がごろごろ出てくるなど、平和な日本で暮らしてる私からしたら、一歩も足を踏み入れたくない魔界のような国。メキシコ人が観たら複雑な気持ち、不快になるかもしれない映画です。